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市が認定する宿泊施設へ改装中の旧研修所。
片やは警備の依頼で、片やは何やら捜索中という身で
此処にて顔を合わせた武装探偵社とポートマフィアの面子だったが、
どうやら此処こそが微妙な事情有りな現場だったらしく。
探偵さんが対処にやって来るなんて、あれってやっぱり心霊現象なんすかと、
現場のお兄さんがたは、ある意味 無邪気に沸いているようだったが。
『私らもね、余程のことでない限りビビったりはしませんよ。ただね、』
主任さんと監督さんの言によれば、
『戻って来たんですよね、ショベルカーが。
しかも。それを運んで来たなら、
雨上がりのぬかるみの上にあったろう轍の跡がどこにもない。』
いやまあ、不可能なことじゃあないよね、それ。
一般常識ではありえなくとも、
例えばとある重力使いさんなら、指一本であっさり運んで来ちゃえるんじゃあと、
要らんことを脳内で思ってしまった無効化のお兄さんだったのは言うまでもなく。
『乱歩さんを呼んで推理してもらった方がいい案件だということだろうか。』
国木田とて、具体的に某幹部殿を想定したわけじゃあないにせよ、
異能者なら出来ないことじゃあないというのは重々想定したものの。
まだまだ一般的には都市伝説の域を出ない、公的にも認められてはいない“異能”なだけに、
そっちの“場合”での対処を考慮するのは最後の手段とすとしたらしく。
『特殊なトリックを駆使して心霊騒ぎを煽り立て、
工事を中止させたい何者かの暗躍ということも有り得ると?』
そう、乱歩さんのような存在もおいでなように、
何でもかんでも“異能者”の仕業とは限らない。
たぐいまれなる才能を駆使し、仕立てられた騒動なのかも知れぬ。
だったとしたら、
まずは我らが名探偵さんにその奇異な運びとなったトリックを解いてもらおうと、
部外者や公的な機関への報告を構えるなら
そうと運ぶのが最も無難だとする いかにもなご意見だったのへ、
『イヤイヤ、そういう方向の話じゃあないと思うよ。』
穏便に運びたいか、そうと進言した国木田くんには悪いけど、
この案件、ウチへやって来ただけはあるややこしい根っこを持った事案のようで。
中也たちが関わりありなのも、或る意味それへのダメ押しのようなものだろう。
そう。此処へ来る道すがら、覚えのある黒塗りの車を見かけもしたし、
“でもま、これは中也の仕業じゃあないだろうけど。”
酔っ払っての悪戯なら判らないけど、
ショベルカーの消失と、宙を飛ばしたとしか思えない返し方は、
地味派手がすぎて彼奴の仕業らしくないし、上からの指示ならもっとおかしい。
そんなややこしいことしなくとも、
例えば 顔が割れてるとか対象とは懇意な幹部が姿をちらつかせる程度で
十分ポートマフィアの脅威は知ろしめせるはずで。
だとして
では、誰か別な人物が此処への人の出入りを防ぎたくてやらかした一連の騒ぎならならで、
遣り方にむらがありすぎる。
個人宅の改装じゃあないのだから、ちまちました窃盗騒ぎではびくともしないのは判っていようし、
だったらといきなりショベルカーを運び出す実力をもっているならならで、
いっそ もっと人の集まる着工式とやらの直前の方が効果的だろう。
“何たって宿泊施設なんだしねぇ。”
公的な施設として運営される予定だという物件ゆえ、
ホテルや旅館に心霊現象はつきものだなんて開き直れはしなかろうから、
………と。
落差よりも、思いきりが良いのか悪いのか、
一体どういう物差しの人物の仕業かを思った太宰としては、
「そう。3日経ったら元に戻るという消失には、覚えがあるよね私たち。」
随分と思い切りのいい考察を立てているようで。それへは、だが、
「いや、覚えはあるが…。」
「第一、あの騒ぎの犯人は、異能特務課の預かりで拘置中だろうが。」
それこそ安易すぎないかと、
ついてけない面々が異議を申し立てたのへ、
「それが何と、先週 健康診断で表へ連れ出された折に、
隙をついて行方をくらましたそうだよ。」
ぱかりと自分のガラ携を開き、そこへ表示されている電子書簡をほらほらと見せて進ぜる。
「なっ!」
「そんな報告…っ。」
「自分たちで捕まえようと頑張ってんじゃないの?
何でもかんでもウチへ頼るのは貸しを作るようでよくないとか思って?」
実際の話、管理不行き届きゆえの失態だしねぇと。
脱走されたこと、公言はもとより探偵社へも報告できなんだ心理は判るよと、
同情を示してか わざとらしくも目許へ腕を当てて“ううう”と泣き真似をして見せてから、
「色んな人がいて色んな動機もあろうけど。
この研修所に触れてほしくない人が
こっそり抵抗しているというのも多きにあるかも知れない話だけれど。」
くどいようだが、単なる着工式前にそんな騒ぎを起こしてどれほど効果があるものか。
何なら完成して施設オープンという式典の場、セレモニーの最中の方が大々的に報じられように、
「そもそも 疑似心霊現象なんて曖昧な騒動、
現場の人たちをどれほど脅かしたとしても、
そんなの気のせいと握りつぶされるのがオチなのにねぇ。」
工務店の代表者の方々も日報には記してないと言ってただろう?
それが工事の遅れの理由かね?って、
現状を知らぬ上つ方に到底信じてもらえなかろうと恐れてそうしたんだろう。
「とはいえ不穏なことには違いないって、
進捗を見に来た担当の人が何か嗅ぎつけてしまっての、
公に届けられないことならと ウチへの依頼になったんだろうけど。」
そして、
私たちが着手したからこそ“異能者”という可能性へも目が向いたわけで。
何がどう怪しいのか、不可解なことなはずがちゃんと帳尻合わせられる筋へ辿り着けてんだから、
「天網恢恢、疎にして漏らさずとはよく言ったものだね。」
「こらこら手前は何様のつもりだ。」
昼下がりの郊外地。
車の行き来もないせいで、工事の作業音がキンキンコンカンと鳴り響くが、
それらが遠く隔絶された別空間のものに聞こえる。
不思議だらけな事象だったはずが、それが異能かかわりなればこその事態だとされ、
しかも既に見通したそれなのか、太宰によってすらすらと紐解かれている。
「ショベルカーを運び出したり戻したりって、
それがどんなトリックであれ、結構骨の折れることだ。」
異能者なら出来なかない仕儀だが、
トン単位の物を浮かすそんな特殊な能力、
自覚があったとしたら相当頑張って鍛錬して制御できるまでにしたんだろうね。
そんなして 裏社会へも知られずにいたほど頑張って隠していたのだろうに、
それをこんなささやかなこと、妨害工作なんぞへホイホイ使うだろうかね?
誰ぞに頼まれたとしたって、それへ目をつけられたって時点で尋常ならざる警戒してるはず。
自分から進んで協力したにしても、その人以外へも正体が暴かれかねない危ない橋だしね。
「…だから、あの時の異能者の仕業と?」
いまだ “都市伝説”どまりなように、異能力者は そうそう其処此処に居るものじゃあない。
知られていないからこそ、自覚がなかった場合は混乱から騒動が起きるか、
そうでないなら 異端視されぬよう迫害されぬようにと何とか隠すだろうはずで。
そんなまで稀なものの中、彼らには既知となっている とある“異能力”があり。
本人にも制御できてはなかった異能。3日という期日。
相変わらずの無制御野郎で、
何処の何という目標対象をしっかと定めて 飛ばしたり引き寄せたりは出来ぬのか、
それでこんなひょんな場所からモノを飛ばしていた彼だったと?
「ミヤコちゃんの異能は 異能発動レーダーだ。
もしかして其奴が並行時空に何か飛ばした折に、
そうまで規格外な異能が向いた先へ、強引に引きずり込まれちゃったのかもしれない。」
そんな彼女のGPSが反応したってことは、戻って来たんじゃないの?
「それとも、戻るに戻れなくてSOSを飛ばしたのかも。」
「あ…。」
そういや此奴、あの乱歩さんがほんの2,3言告げるだけで
その先や全容を頭の中に展開できるという
先取りが大得意な奴だったと、国木田が思い出したその途端
◇◇◇
ちょこっと時間を遡った某所では、
「一旦消えたものが、三日経ったら戻って来るなんて。
私たちには心当たりがありすぎる話だと思わないかい?」
人差し指をピンと立て、
甘い色合いをおびた深色の豊かなくせっ毛を背中まで伸ばした凛々しい女傑。
このいい陽気の中でも羽織っている砂色の長外套をなびかせつつ、
お仲間が足を運んでいよう先、母屋の中庭へと向かっておいで。
現場の前庭にあたろう辺りで現場の方々を相手に語らっている連れを目指して急ぎ足でいて、
“…ということは、
ミヤコくんってば、もしかして“向こう”へ飛ばされてるかもしれないんだ。”
こちらさんでは直接 電子書簡で “知らないか”と問われたらしきマフィア側の情報。
それを胸のうちにて転がしつつ、
口許へ人差し指を添えた太宰の肩口、小さな何かがぽとっと落ちて来て。
「…え?」
気配にはさすがに敏かった女史が、だが、
自分の肩先を見やった途端にヒッと短い悲鳴をあげれば、
傍に居た国木田女史や、彼女らの到着に気づいてこちらを見やった谷崎さんも、
やはり苦手かそれは判りやすくも ひゃあっと後ずさる。
「や…ヤダこれ、誰かとって。国木田くんってばっ。」
「ちょ、ちょっと待て待て。」
「敦くん〜〜。」
「いやあの青虫なら何とかですが…。」
モールの切れ端レベルの大きさなれど、
ウニウニ動くその動作も不気味だと、鳥肌が立ってる太宰嬢。
いくら悪魔のように頭の働く知恵者でも、そこは女性でこういうものは苦手ならしく。
そしてそれは、周囲に居合わせたお仲間にも同じであり。
せめて今がなにがしかの窮地なら切り替えられもするのだが、いや、窮地には違いないか?
「ひぃやぁぁぁああ〜〜〜っ!」
意外な弱点へ竦み上がっておいでの、そんな彼女の肩先で我が物顔でいた存在へ、
「…え?」
疾風のような黒い影が唐突に襲い掛かり、あっという間に彼らの背後へと飛ばされる。
目にも留まらぬとは正にこのこと、それほど鋭い一閃は、
されど最も至近にあった太宰嬢の頬や髪を一条たりとも損なってはおらずで。
それもそのはず、
…羅生門、と
小さく聞こえたあとのその一撃は、言わずもがな“黒獣”による排除攻勢。
黒衣を獣に顕現させ、意のまま自在に操る漆黒の女王殿は
唯一無二、今でも絶対の存在である“師”を自ら傷つけるはずがなく。
「あ…。」
「ポートマフィアの…。」
こうまではっきり姿を現すつもりはなかったものか、
やれやれと額を手套つきの手で押さえている、そちらも黒装束で固めた赤毛の上級幹部嬢の前に立ち、
漆黒の外套をひるがえしている少女がいる。
重々しくも荘厳な雰囲気をまとう、冷酷な無表情のままの彼女だったが、
「やあやあ、芥川くんじゃあないか。助かったぁ〜〜〜vv」
ひところはつれない態度ばかり取っていたのが嘘のよに、
もしやして…実はこう接した方が困らせると判ったからか、
嫋やかなその双腕をゆるやかに開いて、
凛と立ち尽くす黒装束の少女の若木のような肢体をぎゅうぎゅうと抱きすくめる太宰であり。
「あ、や、あのッ、えと……っ。////////」
たちまち あわわと焦る後輩へのセクハラを見かね、
「くぉら、この確信犯がっ。」
付き添いの元相棒様が、そりゃあスレンダーな肢体の何処に蓄えられている馬力か、
ピンヒールの足裏でゲインと横腹を蹴りに掛かるところまでが一連の流れなのも相変わらず。
そう、どうやら“あちら”の世界でも同じ展開の事態が起きていたらしく。
しかも今回のお騒がせに関与しているらしいのが、
かつて二つの世界をつないでしまったあの異能力だとすれば…?
to be continued.(18.05.20.〜)
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*ちょっと欲張ってしまったかな?
今回は “そういう”構成のお話です。こういうの嫌いな人にはすみません。

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